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ndl – dialy 31,Aug,2007

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この日記はアーティスト・イン・レジデンス”ndl”でプーケット滞在中に書かれたものです。
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香港の空港に着き、行きは乗り継ぎだったから必要なかった入国手続きがなぜ必要なのか、次に乗る便が明日だからかと軽く文句を言った末、結局入国審査を受け、重い荷物も受け取って、今はバーガーキングで腹を満たし終えて出発ロビーの無線LANが使えるカフェテリア近くのソファで、周りに寝ている外人だらけの中キーボードを叩いているボクはプーケットにいるわけでは、驚くべき事に、もうない。

荷物をまとめていたときは、プーケットを去るという感慨は全くなく、ただ時間に間に合わせるために必死で、タクシーが来る30分前に荷物をまとめ終え、鏡ごしに自分のポートレートを撮り終えたときにはもう10分前、結局PSU前の食堂のおばさんにさよならを言うことは叶わず、タクシーが来る前の5分くらいをSと話して、でもそれはいたく事務的な話だったけれど、恥ずかしがりながらも彼女は31日の紙を持って写真に映ることを了解して、それが彼がこの部屋で撮った最後の写真になった。
知らないことが沢山あることに今更ながら気づき、また、自分が旅行していたことにも気づいた。その二つは同時に起こり、というよりもほとんど一緒で、ボクは家とは何かという結論を出す事はしないけれど、プーケットのこともSのことももっと知りたいと思うことと家とは完璧につながっていて、窓から見る風景がそれを強く感じさせてきて一度泣きそうにもなっていたが、一方で見たことのない家々が連なる道はもっと考えることを強いてもきた。
金色の毛を腕からもさもさと生やしている男性。
明らかに国籍の違う若いカップル
黒のベールにトロピカルなシャツを来た売店の女性
ドラえもんのシャツを着て、中国語で話す5歳くらいの子供
若い男性ばかりのアラビア人のグループ
バーガーキングの紙コップを持って屋内なのにサングラスをかけている日本人かもしれない男女
おしりの下まであるバックパックを背負い、本を物色する、半袖半ズボンの眼鏡の白人男性
全身赤く日焼けした肌をキャミソールを着て大胆に露出させている太った白人女性
どこからか聞こえてくる泣いている赤ん坊
絵はがきを真剣に選んだ後、2枚買った大柄の鼻の高い男性
ゴミ箱をカートに乗せて運ぶ、黄色のポロシャツの制服を着た化粧のやたら濃いタイ人女性
5人のアラビア人の家族、母親は白いショールをかぶりピンクのシャツ、父親は真っ黒に焼け茶色のシャツ、どこが皮膚かわかりにくい。父親の手をひかれ号泣する3歳くらいの女の子、荷物をひっぱる女の子、特徴のない男の子

プーケット空港に着き、ロビーで待っている間に書いたメモには、こんな描写が続けられていた。何を着て、何色の肌で何をしているか、丁寧に観察しても彼らの何がわかるというのだろうか。

香港につく。バーガーキングのレジの女の子は非常にかわいい。キャップのつばの反対側の大きさを調整する部分にある穴から束ねた髪を出しているあたりがかわいく、背が低いのも好みで、特に顔がかわいい。後ろから白いランニングを着た大柄の男性がプレッシャーを容赦なくかけてきて、メニューを見終えることなく、自分の番が来てその女の子と対面した瞬間、「this, and onion-ring, coke, the smallest size」と注文して、でも香港ドルを全く持っていないボクは支払いをカードですますしかなく、そのため後ろの白ランニング男性には申し訳ないが、ボクはたっぷりとその女の子を観察し、最後商品を受け取ったときに口からでたのは「コープクンクラップ」で、その瞬間ボクはその女の子にとって何者になってしまったのかと想像しながら、2年ぶり近くになるビーフのハンバーガーを口に入れて、ありとあらゆる方向から咀嚼したが答えはでない。
香港は至る所に漢字がある。なんと奇妙なことだろうか。香港に漢字があるのが奇妙なのではなく、漢字のある香港にいまボクがいることが奇妙なのだが、その奇妙さは「あ、奇妙だ」と思った次には慣れてしまう、些細な奇妙さだ。都市も国も地球も個人の体が記憶するにはあまりに広過ぎて、でも体が記憶し得る広さを大きく越える距離を頭では簡単に理解できてしまい、「時差ってなんだっけ?」と自問すると、ちゃんと答えられる自分が香港にいる、反面、プーケットの市場を撮影していたさっきはどこにボクはいたのか、前の席にフランス語で話す男女が座っていたのはどこからどこに移動しているときだったか、わからなくなっていく。わからない、というよりは、体が忘れていく、もしくは体が忘れたがっている、というべきか。ロビーの電気が少しずつ消えて行った。香港の夜を満喫しようと思う気持ちもなく、タバコを吸うために外でてはまた営業していないカフェの椅子に座って、待っていた。

追記:最後に話したのはチェイサリー。ボクがバンコクでの乗り継ぎ時、時間があるので昼食をとっていると「無線LANは通じてるか?」と声をかけられた。ボクはいくつかあったネットワークからオープンなものを探して、彼に教えた。テーブルに置いてあった一眼レフを見て「それはD80?」と質問してきたが、最初はまさか製品名を言っているとはわからず、それに普段はディーハチジュウと言っているから、質問の意味がわからなくてしばらくしどろもどろしてしまった。彼はイタリアから来た、40代くらいの男性。彼と話してからブリ子に会うまで、たぶん誰とも話していない。(2日夜、記)

ndl – dialy 30,Aug,2007

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この日記はアーティスト・イン・レジデンス”ndl”でプーケット滞在中に書かれたものです。
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31日、バンコクの空港でこれを書いている。30日の夜は寝ていないから、これは30日の日記のつもりで書くけれど、ボクにとっては一続きのことで、この日記に書いた出来事以後のことがこの日記に少なからず影響を与えているのは疑うところない。

雨の音がまだする中、やっと静まった向かいの部屋の音楽に安堵しつつも、向かいの住人が音楽を消してさっさと寝てしまったのだとしたら、未だ寝れていないボクは一体なんなんだと考えているうち、漏れ聞こえていた重低音を消すためにかけていた音楽も終わってボクはやっと眠くなり、パソコンのディスプレイの青白い明かりはいつも気分を落ち着かなくさせるが、その時に限っては朝日のようで悪くなかった。
起きて時間を確認しようと携帯を見るとメールが一通、Sから「明日の飛行機の時間を教えて、タクシー予約するから」、これを見てボクは初めて、今日が一日プーケットにいる最後の日なのだということに気がつき、そのとき時刻は16時を過ぎていた。
まだやっていないことはなんなのかと考えるが、実際そんなになく、観光地には全然行っていないし昼間のパトンビーチにもう一度行きたかったしもっと沢山の人に会いたいとも思ったが、それはやり残したことというわけでもなく、ボクはいろんな人にさようならを言うために今日を使うことに決めて、まず向かったのはPSU前の食堂だった。
グリーンカレーを頼むかパッタイを頼むか、かなり迷った末、明日の朝もう一度来ると心に決めてパッタイを頼み、だからこの日は撮った人物写真の中に食堂のおばちゃんたちはいなく、あるのはブックストアの店員さんの写真とパトンのバーの女の子とクェートから来たバダハさんの写真の二種類だ。

ブックストアではいつだか一緒に食事した面々はいなく男性の店員が一人だけで、ボクがいた一時間程度の間に来た客も馴染みなのかその店員と楽しそうに話していた外国人の一人だけで、ボクはタイの現代美術関係の書籍があればそれを買うつもりだったが、タイ語の背表紙が並ぶ本棚からは発見できず、マンガ一冊とキャンバス地に刺繍の模様が入ったカバーのついている大きめの手帳を買い、冷めたカプチーノを飲み干してから店員に声をかけ、写真を撮らせてもらった。痩せていてあまり背は高くなく濃い茶色の肌をした彼は、あまり英語は話せないようだったが、次にプーケットに来るのはいつかと尋ねてきた。
バタハさんは、どう綴るのかわからないが、バはvaではなくfaだというのでfadahaとでも書くのだろうか、非常に大きな人で縦横高さ会わせるとボクの三人分くらいの体積はあり、黒のランニングシャツに半ズボンとサンダル、荷物は何も持たずにそのバーで一人ビールを飲んでいたところに、なぜか店員の女の子はボクを案内した。
バダハさんは近くのホテルに泊まっているらしいが、客の少ない店内でやることがなかったのか店員の女の子も一緒にいろいろ話していると、どういう話の成り行きだったか覚えていないが、その女の子は店の奥にあるトイレを指差し、you can stay there tonight とバダハさんに言う。そう言ったかどうかはわからないが、そんな内容のことを言われバタハさんも OK, my home my home, とたどたどしい英語で返し、ボクはと言えば Can I use your house? と断りを入れてからトイレに立ち、なんのことはない冗談を小一時間ほど言い合っていた。店員の女の子は25歳だと言うがとてもそうは見えず、もっと若く、というか幼く見えてバーで働いているのだから20歳は下回ってないだろうと思ってはいたもののとてもボクより年上だとは思えず、でも彼女はとてもキレイに日焼けした頬に手をあて、もう肌が若くないといった素振りをする。次にプーケットに来るのはいつかと、彼女は尋ねてきた。ボクが帰ろうと席を立つと彼はボクのレシートをとって自分が払うからと言い、ボクは一度は断ったけれど結局お金は出さずに店を出た。

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ゲイバーではちゃんと振り付けがあって衣装もちゃんとしてて、どこまで変えているかはわからないけれど見た目は女性な人が口パクで歌うショーが幾つかあったあと、白のピチピチパンツだけのお兄ちゃんたちがリズムをとってるだけのステージがずっと続いた。クラブのフロアで好きに体を動かす人たちが、そのままステージの上に上がって、観客はそれを見ることになるのだけれど、次第に踊り終えたゲイたちがボクらの周りにあつまってきて、横に座りキスをしてくる。
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バーに行く前、ゴツいカメラを両手で支えて8月7日に行ったこのゲイバーのある通りを歩いていると、前にカメラを構えたときにはポーズまでしてくれたのであまり嫌がられることはないだろうと予想していたが、今度はキスをされるどころか、もう、いくつもの手が同時にダイレクトに股間を狙ってくる。並んだ5人のゲイを前に一人ずつにカメラを向け自己紹介を始めさせ、しばらくは良かったけれど、それが終わると再び股間攻撃が再開され、撮影するのが仕事なんだと言い訳のようなことを言いつつボクは急いでそこ去ったが、今度はショーで着るような金ピカの下着を着けたゲイの一団がいて、カメラを向けずに去ることなどできるはずもなく立ち向かうと、またも熾烈な攻撃に合う。激しさを増してくると、触るというより打撃に近い。そしてブラジャーを取り始める人も出始め、これは全部わずか5分くらいの間のことだけれど、結局ここでもあまり話しもせずに立ち去ってしまって、いつものバーがある大きな通りへ移動した。ここでも、大きなカメラを持っていると話しかけられたりカメラの前でポーズをし始める酔っぱらった外国人に数回つかまり、一度などはボクを女性と思ったのかそれとも男性だからなのか、2000バーツを握らされて、何の事かわかっていなかったボクの手首をつかんで歩き始めた目が虚ろの男性に、恐らく地元のタイ人だと思うが、一人の女性がつっかかってものすごい剣幕で「ビッチ!」と罵り始め、結果ボクは彼女に助けられた感じになったのだが、それでも懲りずに場所を変えてテープが終わるまで撮影をボクは続けた。
帰り道、長い坂を昇りきったところで街頭がなくなり、ふいに暗くなる。眼下にちらほら見えるプーケットの街の灯りを演出するための仕掛けなのかどうかはわからないが、それは見とれるほど美しい光景では決してない。ただ、車の通りが少なければ、一度くらいはモトを止め、ゆっくり見てもよかったかなと思った。いくつもの後悔、ゆっくりやってきてはシカトされる。