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東口交差点向かいの三階

ずっとSFのことを考えてる。ボクの日記が文学ではないということを無視すると、中学生のボクが見る今のボクの日記はほぼSFだろうし、10年後のボクの日記は今のボクからするとSFになって、つまり自分の知らぬ間にみんな未来に行くのだなということなんだけど、なんだか未来に行くというか、未来になるというのは、変化することなんじゃなくって増えることなんじゃないだろうかと思って、それは過去の自分の日記を読み返したとしても「昔の話」という感じこそしても「昔の世界」っていう感じがしないことと関係があって、つまり自分にとって世界は過去から未来に変化するものなんじゃなくて過去から未来に増えていくんじゃないか、ということなんだけど、この考え方はあまりに人間の視点からしか世界を捉えてないと反省して思考は後戻った。

10年後、自分がどうなっていたって世界は増えているわけで、今のボクが10年後の自分がどういう形で幸せだったり不幸せだったりするのか、と考えるのはとてもナンセンスだし「幸せ」は人間の状態なんじゃないと書いた前の日記とも食い違うけれど、人間は当たり前にこういうことを考える。とにかく自分を中心に物事を考えることに慣れすぎていて、そうでない方法なんてないんじゃないかと思ってしまいそうになるけれど、たぶん大昔は、ギリシャ思想とかでは世界は全然違う捉え方をされていて、そのとき「幸せ」は人間とは別の次元で考えられていたかもしれないし、そういう異質な世界観は科学とは無縁であってもSFっぽくて、でも「過去」というキーワードがあると途端に科学的にSFになる。

つまりタイムトラベルってことなんだけど、ボクはたしか以前に「旅行ってほとんどタイムトラベルだ」っていうようなことを書いていて、それは空間と時間とを取り違えているわけではなくて、外国の異文化から過去や未来の可能性を感じ取ったということで、具体的にいうと、今いる場所が現代のタイであったとしても「いまいるのは50年後の日本なんだよ」と言われたら信じてしまえるということだ。もっと言えば、空間を移動することの容易さと時間を移動することの不可能さの差がなくなったっていうことで、もちろんこれは全部ボクの脳内で起こってしまっただけのことだけど、自分では調整がきかないのでボクは飛行機でタイムトラベルする。

そこが10年後なのか20年後なのか100年後なのかはわからないまま、ボクはカフェ・ド・ボアの店主にロケの交渉をして、今度の日曜日にそこで映画のワンシーンを撮る。アルタの横の細長いビルに入っているこのカフェの3階からは、JR新宿東口の入口や駅前の雑踏が見下ろせて、西側にあるモード学園の変なビルも少しだけ見える。店主からは「2時間で3万円」と言われ、若干予算オーバーだったけれど明日の午前中には「1時間半2万円でどうか」と改めて交渉して、結果、予約することになる。カフェ・ド・モアを出た後、東口付近にあるいくつかのカフェを見て回るけれど、どれも1階か2階までしかない上に、2階から見える景色も向かいのビルだけという場所が多く、いく先々でコーヒーを飲んでしまって2000円近く消費するけれど、ボクはその間にSFの短編アンソロジーの5巻をほぼ読み終え、サイバーパンクが興ったという80年代のSF事情についての解説を読んでいたが、どうにも頭に入ってこなくて、代わりに6月にやったエロメール添削のことばかりが思い出されて、その記憶の中、ボクはネイキッドロフトを出て歌舞伎町へと向かい、幾度も打合せで使っているコマ劇場横のロッテリアを通り過ぎてロフトプラスワンへと向かっていた。


歌舞伎町にはいろんな人がいる。
男。女。
たくさんの同性愛者と、それよりも多い異性愛者。
バイセクシャル。
そして子ども。
さらには大人たち。
サラリーマン、サラリーマンにはなりたくない人、サラリーマンになってもいいけどなれない人。
家出した少女。一人暮らしの学生。
警官と警官に職務質問されているオカマと、それを見ている外国人。
ホームレス。
ホームレスを見ている外国人。

外国人はほぼタイムトラベラーだった。外国人の「ほとんどが」タイムトラベラーというわけではなく、外国人はもれなく質的にほとんどタイムトラベラーであるということだ。外国人の多くは現代のデジカメを持っていて、どこかしこでも写真を撮るし、しかもCanonのデジカメだったりもするが、自分がタイムトラベラーであることに気付いている人はそう多くないし、ボクが彼らがタイムトラベラーであることに気付いていると気付いている人は皆無だった。

予定していた全てのロケハンを終えて歌舞伎町に入る手前、車輪が一つ壊れたスーツケースを半ばひきずってガーガー言わせながら横断歩道を渡ってくるボクは、しきりに「こんな生活をしていて幸せになれるんだろうか」と考えていたころのボクで、その自分中心の幸せ感を正すように説得できる自信があるのだったらともかく、説得できるほど論理だった説明はできないし数ヶ月後には違う考え方をしているのだから正す必要はない、と考えたからだろう、君は横断歩道を渡らずに駅に向かった。小田急線のホームでは快速急行が出発間際で、それに飛び乗ったあとで、ロケハンに時間がかかったと言い訳して職場には行かずに家に帰ればよかったと思った。タイムマシンは君を職場に運び、職場でメールの処理をしている間に「こんな生活をしていて幸せになれるんだろうか」と考えるが、そのときは自分の矛盾には気付かず、夜、日記を書いている最中に自分がまだ自分中心の幸せ感を捨てきれずにいることを君は思い知った。壊れたスーツケースは、その後、せいこうナイトのスタッフで大荷物を運ぶ際に使われ、ボクはそれを最後にそのスーツケースを捨てようと思ったのだけど、そのときはもう自分中心に幸せを考えるのはやめようと考え、そのことについて日記でも書いていたが、イベントを終えた後の数日、ロケハンを自分一人でしなければいけない状態を把握したときには「なんでみんな手伝ってくれないのさ」的な自己愛を発揮してしまい、今日は昼まで寝た後でしぶしぶタイムマシンに乗った。


『カメラレッスンシノプシス』

サイレンのリズムが変わるたびに接続される次の世界
すべてが、すべての要約でありえたのに
「なんでこんな靴下かっちゃったんだろう」
健忘の時間がおわっても
洗濯しない
(だからすごく臭い、手応えを
六時台のスーパーでかんじました。
六時台は母と子の
ふれあいのじかん
いまは純粋にタイムをちぢめていきたい
と、切に思っても
三歩目で思いっきり飛んでしまう習性を植えつけられた
にくたい)

(ささやかで、
且つ
みえっぱりにでこぼこの)

監視カメラの口が
舌が
「中性的だね」というのを
ほめ言葉として受け止めておいてもいい気分
現実は被写体をぼくにした。

「被写体が体現する真昼の孵化
は、生物学的にあり得ない体勢だから一度バラバラになりたい

にーくーたーいー」

実際は
母親を背景にし、ただ
高架をつたうモノレールに
助けを求める、一部始終
の中
選ばれた頬の光だけが
膨張していく、印画紙が
熱っぽく
脳梁のすきまに、ぷるん
と泳ぎ込んで
都市があたしを吐くのを撮った

要約すると
うれしさと
よろこびの
合い混じりあった
はじめての殉教

狭い草むらで鳴く たくさんのぼくのようなものが何を言っているのかわかる人
お母さんが探しています
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