舞台の仕事は、劇場側とカンパニー側で全然違う。舞台の撮影の場合もそうで、どっちから頼まれているのかで、できることとできないことがあるけれど、主催公演は劇場側もカンパニーも協力してやりましょーねー、というものなのにそれは建前であることもあって、その協力体勢というかバランスが毎回違うので撮影クルーが間に挟まれることもたびたびある。
今回は東京国際芸術祭2008の全ての撮影をボクとその仲間たちでとることになっていて、ボク自身は撮影そのものは全くやっていないけれど、一演目ごとに主催とカンパニーの力関係が違って、さらにボク自身は劇場側の人間で、しかも劇場側の人間にも2種類あって、管理組織とその組織から依託されて管理にあたっている人がいて、しかも普通は依託する側がエライというか指揮権を握っていそうなもんだけど、ここでは逆で、ボクはその管理組織側の人間なんだけど、一緒に仕事するのは依託された側の人たちが多い、ということになるので余計ややこしい。
それにしても、1月から何度も舞台の仕込みをやってるけれど、管理業務というのは大切なのはわかるのだけど基本的な考えが現状維持。退屈な舞台は公演中にやることがないからTVが見たいと言われた。ボクが今、勉強するヒマがなくて非常に焦っていることは誰も知らないし、ボクが育つのを楽しみにしてくれている人もいるかもしれないけれど、正直、劇場の人間になるつもりは毛頭ない。映像屋にとって劇場というのはあまり魅力的な場所ではなく、機材はない・なのに低予算・仕込み時間も与えられない・劇場自体の構造が映像機器に適していない、などなどなど。可能性は沢山あるのに、自分たちがそれを活かそうとしていないことに気づいていない人も多いし、劇場の機構をフルにつかって成し遂げたことに気づく人も全くいない。幕が開くか、開かないか、それが全てで、オープン主義者にとっては開いても開かなくても見せるのだからそれが第一のゴールには成り得ないのだけど、開く開かないでゴタゴタ言ってる姿を見ると、ボクは自分の立場をしっかり決めて行動したほうがいいように思われて、そうなると採りうる唯一の手は無計画の革命だ。



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