ndl – dialy 06,Aug,2007

※この日記はアーティスト・イン・レジデンス”ndl”でプーケット滞在中に書かれたものです。
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—–後ろではオクノがタイ語の勉強をしていて、勉強というか単語を、数字を覚えようとしてベッドに寝転んでいるが、ただ唱えられているだけのまだボクには理解できないタイ語の音はお経みたいにも聞こえ、さっきまで食事していたレストランのテラスでのプーケットはいまはもうこの部屋にはなくて、三人いるこの部屋の今は旅行先のホテルでの寝る前の好き勝手な時間のようで、その中でボクがやる好きなことは日記を書くことだ。

三人の三人目はほうほう堂のみかちゃんで、彼女はボクの前のndlのレジデンスアーティストで、三人に加えてplatrの現地スタッフのSの四人で食事をしに行って、途中からもう一人信藤が加わり、五人でついさっきまで食事をしていた。
これからボクは恐らく毎日こんな感じで日記を書くことにするのだが、毎日ひとつづつルールを増やしていこうと思っていて、それは日記の執筆に直接関わることではないかもしれないけれど、例えば今日つくったルールは「タイにいる間は髪を二つ結びにする」ということで、これは成田から香港に行く間に思いついたものだがそのときはルールだとかいうのではなくて、首の後ろに髪が汗でくっつくのがイヤだなと思っただけで、でもそれをルールにしてしまうことで日記を書くという義務との齟齬や衝突がどんどん増えていけばいいなと、飛行機の中で思った。09:45に成田を出発し香港につくまでの三時間の間に一度機内食を食べ、香港からバンコクに行く間にもまた機内食を食べたが、一回目はそれなりにおいしかったのだけれど二回目の機内食はメインのカレーみたいなソースがタイ米の上にかかっている料理の味がちょっと酷くて、プーケットについたらまずおいしいものを食べようと決心したのも飛行機の中だった。結局ずっとフィニィの『レベル3』を買ってもってきたらそれをずっと読んでいたが、一番始めの短編の「レベル3」は『ゲイルズバークの春を愛す』に近いものがあって、それは場所が覚えてる記憶のようなもので、ボクはこれからの3週間の間に、このアパートのこの部屋が覚えている過去にどれだけ近づけるのだとうかと、読みながら考えていたのも飛行機の中だった。

成田でチェックインする際にスーツケースと三脚を預けたのだけれど、一人が預けれる荷物の重量は20kgまでとされていて、一応25kgまでは普通にあずかってもらえるのだが、それ以上になると超過料金がかかるようになり、40kgの超過料金は45,000円くらいで、そんなの払えないから結局空港で一度荷物をまとめ直すことになった。手荷物をふやし、スーツケースの中身をへらしてなんとか29kgにまではしたのだけれど、思えば三脚だけでも4.5kgあって、スーツケースが予想以上に大きいからという理由だけでもっていくものをあれこれふやしたのは軽卒すぎたかと一度は後悔したが、無事に到着できた今はやっぱりもってきてよかったと思い直し、でもスーツケースはまだあけていない。
バンコクでの入国審査は、到着後に写真をとりながらゆっくり歩いていたせいか、列の一番後ろになってしまい、次のプーケット行きの飛行機にのるまで3時間くらいの空き時間の大半は入国審査のロビーで立つことになった。一度、「日本の方ですか?」と初老の女性に話しかけられ荷物はどこで受け取るのかという質問をされて、入国審査の後になることを説明して彼女とその夫であろう二人はボクと違う列の一番後ろに並んだが、その列がどんどん短くなっていくのに対し、ボクがいる列はなかなか進まない。しかもそのときはプーケット行きのチェックインの時間にせまってきていて、だんだん焦り始めてしまい、結局ボクはいままで1時間以上ならんでいた列を止めて隣の列に移った。それ以降、プーケットにつくまでに話したのは白人のグループ5人で、彼らとはバンコクの空港の喫煙所で話したのだが、一人だけ喫煙所に入ってこなかった男性がガラスの壁ごしに変な顔をしていて、それを指して He is crazy とボクに笑いかけて来たガタイのいい人に何人かと聞くと、彼らはイタリアから来たらしかった。彼らもプーケット行きの飛行機に乗って、いまプーケットにいるのだろう。レストランに向かう途中、交差点で止まった隣のモトには、ヘルメットで横顔もよく見えなかったけれど、そのイタリア人グループの中にいたスタイルのいい女の子のようにも見えた。初日からおいしいご飯を食べれたことに満足して、でもそれは、みかちゃんにとっては最後の晩ご飯で、彼女が「ヌードル」といって頼んだものはいわゆる麺のようなものではなくて、団子のようなものだった。ビールはお店でのんでも200円しない。

プーケットに着いて英語のしゃべれないタクシーの運転手が運転する明らかにタクシーではない車にのりながらアパートまでの道を眺めていると、沖縄のことを思い出した。沖縄のこととは何か、それは今日は書かないことにするが、風景が似ているとか気候が似ているとかではない理由がきっとあって、風景はそもそも似ていないけれど、ともかくそういった自分がもつ場所の記憶を通さないと把握できない気持ちや雰囲気があること自体は喜ばしい。問題はアプローチの仕方で、この日記だってアプローチの一つなのだから気は抜けなく、でも今日はもう、本当に眠い。フライト中にうとうとしているのをのぞくともう24時間以上起きている。昨日5日の夜のことはまた違う日に書くことにするが、今日のうちにメモしておきたいのは、日本にいる間に想像したりできなかったりしたタイのあれこれは、タイやタイ人、もしくはプーケットやプーケット人にしてれば、予想済みのもばかりだったかもしれないということと、日本に帰るときにプーケットのことをどれだけ理解できているのかと考えたこともあったが、理解はしなくてもいいというのがもうわかったということだ。

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