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この日記はアーティスト・イン・レジデンス”ndl”でプーケット滞在中に書かれたものです。
ndl
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その車はバニラの匂いがして、乗った瞬間から一体これから何をしに行くのか、そこで何かを考えることができるのか不安になって誘拐されたらこんな気分なんじゃないだろうかと想像もしたが、それは全くの杞憂で、そしてバニラの匂いがしたのは車ではなくタイ人の女の子からだったことに気づいたのは、店の中に入ってからだった。
23時に車で迎えにくると聞いたのは、トークイベントで通訳してくれる先生のところにトーク内容を説明しに大学に行ってからだった。どこだったかはもう覚えていないが、説明を終えてから昼食を食べに入った食堂でだったかもしれない。入るとおばちゃんが「マカロニ?マカロニ?」と言って、メニューも見ずにマカロニを頼んだが、そこは信藤の行きつけの場所でおばちゃんとは仲がよく、頼んだコーラの瓶もおばちゃんが信藤に開けさせていた。外で食べようと最初はしていたが、おばちゃんが外は暑いからとマカロニを中のテーブルに置いてボクたちも移動したが、本当は別に暑くもなく、日が射していないときなら東京のほうがずっと暑い。
それでもアパートではエアコンをつけているから、ずっとアパートの中で作業をしていると外に出たときには湿気があるなと感じはするがやっぱり暑くはない。でもオクノの腕はモトに三時間乗っているときにずいぶんと焼けて、今、後ろで焼けた皮をむいたりしている。皮の下にはもうちゃんと皮膚ができていて、焼けた皮は汗を通さないらしく、皮膚と皮の間にある汗が皮を押し上げて、見た目、ぶつぶつしている。
昨日寝たのは結局朝の8時になった。今日の説明のための資料とDVDを用意していて、それは昨日の夜に決まったことだから、DVDの素材自体はもちろん用意してきていたけれど、急すぎる感じはして、もうすでに日本で考えていたタイでの生活のスピードとは全然違うくなってしまった。日本では昼くらいに起きて4時くらいに寝ることが多いのだけれど、すでにタイでもそうなってしまっている。なるのは簡単だけれど、これを早起きにするのは難しい。
ということで昨日は日記を書けなかったから、いまから昨日の日記を書こうと思う。でも、何をやったか一応メモくらいはとってはいたのだけれど、メモをとったのが今日の夕方だったから、昨日の昼間に何をしていたかすぐに思い出せず、遡って順に思い出そうとしても一昨日の夜のパトンビーチのことに飛んでしまった。
夜、Sや信藤に過去の作品を見せたのは覚えている。「何をしたい」「何がテーマか」という質問が来るのは予想していたけれど、もう頭が眠っていて英語もまともに聞き取れなくなってしまっていて、大切なことを言う前に全うに答えようとしすぎたかもしれないと少し反省している。どこに行ってもアーティストとして紹介されるが、もしかしたらそれは一番いけないことなのかもしれない。ボクは何も答えれないし、理想も持たないことにしているのだろう、むしろ質問する側だ。
夕方に書いたメモには「昼間はなにをしてたのか、すでに覚えていない。こういうときに写真を見返すといいのかもしれない」と書いてあった。でも、何をしたか思い出せないとき、日記を書くために写真を見て思い出すのは支離滅裂だ。
で、思い出した。
ここからは昨日のこととして書いてみる。今日と書いたら昨日のことだ。
昨日の夜のことをなんとか書き留めておくのに、昼間のほとんどを使ってしまって気がつくともう夕方近くになっていた。ブックストアでの待ち合わせは17時だったか、それくらいの時間で、でもイングランド人の記者が来たのは約束の時間をずいぶん過ぎてからだった。彼が来るまでに店の中の本を見ていたが、全部タイ語だからもちろん読めないし、アート系の本屋と聞いていたからもっと画集とか図録とかが置いてあったりするのかと思ったが、本の多くは活字ものだった。日本語で読んだタムくんの漫画も置いてあって、収録されているのは全部日本語翻訳版と同じもの。品揃えが良いのかどうなのかはわからないけれど、本棚にはDVDも置かれていて映画の品揃えを見ると日本のものもかなり多く、外国のものはレンタルショップでよくミニシアター系のものが並んでいる棚にあるものが多かった。
取材はボクに対して行われたものではなかったが、いくつか質問を受けて、でも新聞社の人は何を言っても深入りはせずに「そうか」とメモをとっていた。終わったのは2時間後くらいで、それから食事をしに行って、タイのレストランや食堂はどこも半分野外というかテラスというかとてもオープンな感じで大きさはガレージ大くらいのところが多いが、そこはとても広いテラスだった。このときも四人だったけど、男三人は全員チャーハンを食べて、でもボクが食べたエビチャーハンはボクが選んだものではなく、Sが選んだものだ。
セントラルフェスティバルはボクが住むアパートに行く道への目印になるというので覚えているが中に入ったことはなく、乾電池やプリンタのインクを買いに食事後に行くと、まずスタバがあって思わず行きそうになってしまったけれど、そういえばミスドやケンタッキーは昨日行ったBigCというモールの中にもあって、せっかくタイに来たのだから日本にあるお店には極力入らないようにしようと思い、そのときはオクノと二人だったのだけど、オクノが「日本にもある店には最後まで行きたくないよね」と、ボクと全く同じことを考えていて、でもオクノがそういったのはセントラルフェスティバルを出るときだった。日本の家ではタンブラーでコーヒーを飲んでいて、それにはマグカップ2-3杯は入るから、一日二回タンブラーにコーヒーを入れているボクは一日で5杯くらいは飲んでいて、それもブラックで、でもタイに来てから一杯も飲んでなくて、というよりコーヒーを売ってるお店がとても少ない。
昨日のことはこれくらいなのだけど、やっぱり思い出せることが極端に少ない。それは起こったことが少ないわけではなく、一日たって全てが事実になり、事実しか思いだせないからだろう。ウソかホントかわからなかったことが何なのか、わからなくなっている。
もう4時だ。隣でオクノがトークイベントのフライヤーを作っていて、後ろでは信藤とSが必要部数を計算している。さっきまでいたクラブのようなところは、タイの若い人たちが集まる場所だと聞いていったが、それよりも途中でライブではじまったときとそれまでとの温度差で、しばらく呆然としていた。1m先ではドラムとギターだけのバンドが演奏していて、そのステージの前では大学生が歌を歌いながら踊っていて、きっとこの時間は彼らにとっては一日の終わりに起こそうと思えばいつでも起こせる最高の時間なのだろうと、後ろ姿を見ながらボクは思う。ステージは狭く、ドラマーの後ろはすぐ壁で、その壁には額がかかっていた。写真も絵もはいっていない、白い紙にくすんだガラスがはまっただけの額。
そのクラブのような店に行く前に、いくつかの店を回ってプリンターを選んだ。最初からあったプリンターは日本から送られたもので、昨日はなくなったインクのカートリッジを店に持っていったのだけれど同じものはなく、一番形が似ているものを買ったがそれは合わなかった。結局、日本で買ったものだから同じ型番はタイでは使われていなく、だからインクもないことがわかり、プリンターがないのは困るので今日買ってきたわけだが、フチなし印刷ができると書いているにも関わらず、ほとんどフチありだ。
そういえば二回、モトで転んだ。ひざとひじを擦りむいただけだったからよかったが、たぶんこういうので死ぬこともあるのだろう。タイ人はどこで英語を覚えるのだろうかと気になり、夕食を食べたお店の女主人に聞いてみるとボーイフレンドかららしい。彼女はいま、そのボーイフレンドではないスイスの人と結婚して今は4ヶ月になる赤ん坊もいる。彼女の夫は朝も昼も夜もそのお店に通ったらしい。タイでは英語が通じる人もそれなりにいるが、英語の教育を受けた人はごく一部で、プーケットは観光地だから英語ができるかできないかで収入が大きく変わる。スイスに行きたいとは彼女は思わない。道路を挟んで向かい側は信藤が昔住んでいたアパートで、この店は故郷のようなようなものだと彼は言った。転んだのはその店に着く直前の交差点だ。



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