ndl – dialy 23,Aug,2007

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この日記はアーティスト・イン・レジデンス”ndl”でプーケット滞在中に書かれたものです。
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ピンク地に花模様の水着を着た5,6歳の少女が父親と水際で戯れ、大柄の白人男性がイヤホンをして彼らの後ろを走り過ぎ、逆方向からは地元の青年が同じく走って通り過ぎ、後ろをフリスビーをくわえた犬が追いかけて行った。パラセイリングのパラシュートが3つ、海上に見え、オレンジ色の光は波で煌めくというよりもむしろ、光の当たっていない水の群青色のうねりを目立たせていて、5人連れ立ってきた東洋人グループの中一人、20歳前後の女の子がシャツを脱ぐと黒のビキニ、下は黄色の短パンのまま海に駆け、来る波に向け胸を張ってジャンプする。太いタイヤをむきだしにしたバギーが彼女と他の青年たちの間を走り抜け、ピンク水着の少女のすぐ近くにはジェットスキーを引いた車が一台、ライトをつけたまま止まった。水着を着た2,3歳の子を抱いた女性が、隣の女性と韓国語を話しながらそこに向かう。大きく固まったいくつかの雲は東へと目に見える速度で進み、後ろにある食堂は灯りをつけ始めて、気がつくと湾曲するビーチの向かい側ではいくつもの灯りが灯っていた。方角がわかるのはもちろん陽が落ちてゆく海の方が西だからで、砂浜に座るボクと「よ」さんの後ろには長く影が伸びているはずだ。

黒ビキニの女の子が波に向かって背を向けジャンプしたところに青年が一人、頭から波へと突っ込み、他の青年たちも後を追う。一人だけ残された細身の青年のもとに二人の女の子が近づいた。彼らが何語を話しているのかは聞こえず、左右に延々と広がる何重かのホワイトノイズと風が耳を突く低音しか聞こえない気がずっとしていた。3人群れてジョギングする白人が水がかからないギリギリの位置を走り、その奥では二人の女の子が高い波に戸惑っていて、少しうねる髪を背中まで伸ばした女の子は諦めたのか砂浜を横切って後ろへと消えていった。ショートカットの女の子と青年は、少しづつ右手にずれていった東洋人グループに追いつこうと、しかし波に足をとられながら少しずつ移動していた。
ピンク水着の少女が父親とともに砂浜で待つ家族のもとに向かう。ジェットスキーが一台、波を切って急カーブし傾いては波にぶつかり、再び急カーブする。パラシュートは一つに減り、フリスビーをくわえた犬が主人に先行して先ほどとは逆方向にかけて行く。寝椅子とパラソルを片付けるおばさんと青年の肌は黒く、すでに彼らの表情が見えない暗さになっている。
ほとんどの観光客はすでにホテルに帰っているのか、決して人が多いとは言えない昼間のビーチよりもさらに閑散とした砂浜では、それでもいろいろなことが起こっている。オレンジ色の光は水平線に隠れ、全てが深い青に見える夜の手前で雲の輪郭だけがくっきりと浮かぶのは数分前よりも厚さを増したようにも見え、太陽から遠ざかるように向かって行く先は、後ろに並んだ食堂の向こうにある歓楽街、そこには二度行っている。
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パトンビーチに行ったのは二回目で、今回もまた夜だった。帰り道、一方通行なのか行きには通らないビーチ沿いの道をモトの後ろに乗っていると、過ぎていくのは閉められたビーチパラソルが砂地から生えているような景色と、山道の頂上から見える明かりの少ない景色で、体の中に流れているリズムはずっと一定、音楽ではなくリズムだった。明日から学校は三連休になって、このアパートは大学生も住んでいるから、ドアの向こうから今聞こえてくる音楽や声は大学生のものだろう。もう朝になる、今日が特別なのは今日だけでもいいと思うことは思考の放棄になるだろうか。
別に難しいことを考えているわけではない。というか、考えているわけでもない。ただ、「あっ」と思う瞬間を全て覚えておくことはできず、出かけるときにはカメラをもってしまう。
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8月10日の日記は早い時間にスタバで書いたのだが、急に決まったパトン行きのことを書き記そうともう一度ディスプレイに向かい、二つ目の日記を書いた。このときの閉められたビーチパラソルの中に、今日ボクはいた。ボクは今日あった沢山のことを忘れ、備忘録としての写真も今日はない。

5人のタイ人が静かに話しながらやって来て、ボクらの近くに陣取り座った。太った男性がシャツをめくって腹を見せると横ボーダーのランニングを着た20歳程度の青年がその腹をつつき、かわいらしい仕草ではしゃぐ。彼はきっとゲイだとボクは「よ」さんに言う。海の中ではショートカットの女の子と青年は他のメンバーに追いつき、少しずつ右手に移動しながら波が来る度に全員でジャンプし、長い髪を気にしながら先ほど去った女の子が再び水際で波におびえている。シャツを脱ぎ捨てたタイ人の男性はランニングの青年と二人で海に走り、彼らも波に背を向けてジャンプする。「よ」さんがこう言った。
「さっきスドウくんが家のことを話したときに思ったんだけど、ここで働く人たちにも家があるんだよね「帰る場所があるっていう「フシギだよねぇ」

今日の朝、信藤が空港へと向かった。マレーシアへ行く彼の荷物はリュック一つ、近くの大学内にあるホテルをチェックアウトしてほとんどの荷物は今Sの部屋にあるのだろう。彼にとっての家がどこか、家はないのか、ないとしたらどうやって旅行するのか。なくした家のカギの件は、オーナーからマスターを借りセントラルフェスティバルで二つ合鍵を作ることで解決した。

『土佐日記』を読み進める。土佐を出たのは12月21日、今日は28日まで読んだ。一昨日の日記から自分の過去の日記を引用しているのは、日記の中で和歌を引用する文主歌従の日記文学の形式を意識してのことだが、もう一つ日記文学を意識せざるを得なかった理由があって、それは日記文学の多くが紀行文でもあるということだ。『土佐日記』もその一つだが、岩波文庫の『土佐日記』の解説の中に紀行的要素と内面的要素という言葉が出てくる。それぞれ、日記に書かれる旅行記的な側面を担う要素と、日記を一つの文学足らしめる主題を担っている要素を指し、この二要素はボクの日記でもある程度別れているが、ボクが描写する風景は象徴的に内面的要素も担っているのだろう。日が落ちて行くビーチの描写がセンチメンタルになるのは自然であるかもしれないが、幾つかの文が叙情的過ぎるのは家がどこかわからないもどかしさを説明しようとしてのことだ。それにしても、このような分析のなんと陳腐なことか!

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