レッドブルさんには一週間に2〜3回はお世話になるんですが、レッドブルさんは最近放置自転車のシートやらタイヤやらを勝手に借りているらしいです。日本初ボックスカートレースが10月に行われるので、その宣伝のようですが、これってメディアアートじゃない?ということで、レッドブルさんのプロモーションを紹介する前に、(たぶん)最古のメディアアートである、チルド・マイアレス作のコカコーラ・プロジェクトを紹介。
コカコーラ・プロジェクトはコカコーラの瓶を使ったメディアアートです。作ったのはコカコーラの会社、ではなく、アメリカ資本のコカコーラへ反抗心を持っていたブラジルのアーティスト。メディア自体がメッセージであることを、実にシンプルかつ最大限に利用した作品です。
1960年代後半、ブラジルでは軍事クーデターが起こりました。そしてアメリカの資本が軍事政権から協力を受けつつ進出してきました。ここらへんの歴史はスドコはあまり理解していないのですが、それをよく思わなかった人が沢山いたようです。スィウド・メイレリス(Cildo Meireles)の作品、『イデオロギーの回路への介入:コカコーラ・プロジェクト』は、大資本を代表するコカコーラを利用し、アメリカ大資本への抗議メッセージを人々に伝えました。
当時、コカコーラの瓶はリサイクルされていました。それも、瓶を洗浄して再度中身を詰めてふたをするという、簡単なリサイクル。マイアレスはこのリサイクルシステムを利用します。利用、というよりハイジャックという言葉が適切かもしれません。リサイクルという流通経路を占拠するハイジャック。そして、それは空き瓶に白インクで抗議文を書く、というとてもシンプルな形で行われました。
瓶は透明です。透明の瓶に白いインクで文字を書くと、非常に見にくく気付かれにくい。
そのため、リサイクル時の検査をくぐり抜けます。
コーラは黒い液体です。黒い液体がつまった瓶では、白い文字は非常に見やすい。
彼のメッセージは、コカコーラを買った人々に伝わります。
これを「メディアアート」と評したのはどっかの美術評論家だったはずです。(あとで調べときます。。。知ってる人は教えて下さい)
そして、これはスドコの記憶違いかもしれませんが、メディアアートと評された作品は、このコカコーラプロジェクトが初めてだったような気がします。
このコカコーラ・プロジェクトがなぜメディアアートなのか。
「メディア」という言葉をここで定義するつもりはありませんが、簡単に言うと「情報を媒介するもの」、もっと人の視点から言うと「人が情報を仕入れる場所・手段」という感じですよね。
コカコーラ・プロジェクトでは、本来はただの入れ物に過ぎない瓶が、メッセージを媒介するメディアになります。
さらに重要なのは、瓶というメディアの存在そのものもメッセージになっているということ。
コカコーラはいうまでもなくアメリカ資本を代表する会社であり、製品です。
彼の作品の餌食となった瓶は、アメリカ資本を代表しながらそれを反対するメッセージを持つという、矛盾した存在になります。マクルーハンの「メディアはメッセージである」ですね。
スドコはこの話を知ったとき、かなり衝撃を受けました。メディアアートって、なんとなーく「かっこいい」とか「テクノロジー」とか「デジタル」とかそういうイメージがあったし、当時自分もそういう方向の作品を目指したりもしたので。でも、メディアアートの本質はそんなものじゃなくて、メディア自体のもつ隠れたメッセージ性を表面に出すことなんだ、と思ったんです。
で、レッドブルの「シートを借りました」プロモーション。
放置自転車のシートやタイヤを勝手に借りて、張り紙をするというものですが、これってコカコーラプロジェクトにちょっと似てるんです。
長くなるので、続きは次の記事で。
参考:
Welcome to Red Bull Japan | レッドブルジャパンのサイト
Red Bull Box Cart Race




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