『non-illegal music』

あなたが幸せであることが、世界にとって何なんですか。

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「幸せって言葉、軽々しく使わないほうがいいよ」
「軽々しく使ってなんてない」
「そう思ってても、実際軽々しく見えちゃってるよ?」
「幸せって、自分が幸せであるために必要なことって、必ずしも他の人のそれと一緒だったりしないでしょ。それはわかってるのに、自分の幸せを人に押し付けようとしちゃって、そういうことがたくさんあったから幸せは幸せって言葉でしか言えないと思ってるんだよ」
「何いってるか意味不明だし」
「何をもって幸福とするかは人それぞれだってわかりきったことを、普段は全然意識してないでしょ。一つの言葉で全員の幸せを意味しようっていう不毛さについては、少なくとも自覚的だよ」
「でも、そんなこといったら抽象的な言葉は全部そうじゃない。具体的に示せないことを、齟齬がないように説明するための抽象でしょ?」
「幸せだっていう感情がないと、幸せっていう抽象はないでしょ。感情は具体的なんだよ」
「だから、何で幸せに限って不毛なの?恐れとか悲しみとかだって具体的な感情を指し示すための言葉じゃない」
「恐れだって悲しみだってそうだけど、誰も欲さないでしょ」
「幸せは、誰でも欲してしまうから不毛だってこと?」
「違う。全員の幸せが同時に達成されることがないから不毛なんだよ」

卑怯だ

自分で
自分の罪を決める
東京のおとなの、服役のような日
寝るごとに、自分を裏切りやすくなる
かなしくないいたみ と
いたくないいきどおり に似た
あせり
が、
人のない遠さを追いかけて
(つまらなそう)と
あたしが言った

世界は論理的かな?

なぜ、罰は決めれないのか。
強くあることは、義務。
では、
弱くあることは、権利ではないのか。

したい。

たくさん、したい。

「誰かが、自分と同じことで苦しんでいることが救いになるのはがなぜだろうって考えたの。自分の苦しみを共有することが、なんとかなるかもしれないっていう希望を見せてくれたりして、でもそんなことが救いなんじゃなくて、自分が特別なわけじゃないって思えることのほうが救いなんじゃないかって。」
「どっちにしても陳腐じゃない?」
「特別じゃないってのは、自分が自分である必要がないってことだって思った」
「それがなんで救いなの?」
「自分の人生にとって、一番大切なものが自分ではないと気づくことで、自分が苦しんでても自分の人生には支障がないんだって思えるっていうか」
「それは単に自分は救われるって自分自身を思い込ませてるのと同じじゃないの?」
「そうだとしても、自分の傷で誰かが救われるなら、救うために傷つきたいよ」
「欲して得られるような傷を、キミは傷って言える?」
「順序が逆なんだよ。傷かどうかを決めるのは、誰かを救えるか否かなんだから。欲して得ようが欲すまいが、自分の苦しみが誰かを救うなら、その救いが苦しみの条件だっていうこと」
「じゃぁ、何人友だちいるの?」
「関係ないじゃん」
「ねぇ、何人友だちいるの?ねぇねぇねぇねぇねぇ、何人?」

ねぇ。
世界は論理的かな?
人は論理的かな?
幸せは論理的かな?

それは音楽のようなものだと思います。
(最高にアップテンポの(歌詞のない)歌)

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